戦争って嫌だなあって思った
何て陳腐なタイトルなんでしょう。
世界陳腐タイトル選手権第1位ですね。
「ああ、戦争って嫌だなあ」
って感じたので、今回はつらつら書きます。
言葉の引き出しが少なすぎてどう表していいのか分からなかった。勉強不足。
戦争証跡博物館へ
ホーチミンにある戦争証跡博物館に突然思い立って行ってきました。
さすがに行かずにベトナムから帰る訳にも行かんだろうと思い。
多分行かずに帰ったら人情というものがほとんどないわたしのゼミの先生(東南アジア専門)に「ありえないですねえ」と一蹴されそうだったので謎の使命感もあり、行ってきました。
7ヶ月ホーチミンにいてなんで行かなかったかというと、
みんなが口を揃えて「暗い気分になる」って言うから。
まあそりゃそうだ、戦争博物館に行って「めちゃめちゃ楽しかった!!!」となるサイコパス臭溢れるやつはわたしの周りにいない。
でも結果的に行ってよかったなあって思いました。
しかもこのタイミングで行ってよかった。
ベトナム人と関わりもだいぶ長くなってから行ったことで、よその国で起きた大変な戦争というような感じではなく、リアルだった。
被害者の名前とかも自分の周りにいる人と同じだったり、顔が似てたり。
いつも笑ってるベトナム人が泣き叫んでいるような気がして。なんか妙にリアルだった。
まあ日本の戦争もよく分かってないのだけども、ベトナム戦争の何が怖いって、こんな無残なことがつい最近までこの場所で起きてたってこと。
第二次世界大戦が起きた後でもなおこんなことが人間にはできるということ。
嘘みたいな本当のこと。
基本写真ベースの博物館なんですが
とりあえず、
「なんでこんなことに・・・・・・。」
ってなるような写真ばっかり。
どうして普通のベトナム人がこんな目に遭わなきゃいけなかったんだろう。って本当にやりきれない気持ちになりました。
遠い話じゃない
もし自分だったら・・・って思うとあまりにいたたまれない。
目の前で母親が無残な姿で倒れている。
昨日まで一緒に露店をやっていた妻が流れ弾で死ぬ。
突然捕らえられて、死ぬまで車で引きずられる。
絶望しかないのだろうな。
何もしていないのに、絶望を味わう羽目になるんだろうな。
突然こんなでかい米兵が来たらベトナム人の農民は何を感じたんだろう。
枯れ葉剤の影響は、今も色濃く
話は変わりますが、ホーチミンの高島屋の近くに物乞いしている一人のおばあちゃんがいるんです。
その人を初めて見たとき、本気でバケモノかと思いました。
人のことをこんな言い方するのは大変失礼というのは百も承知です。それは分かっているのですが、でもそう思ってしまったんです。
そのおばあちゃんは、バケモノのような見た目をしているんです。
むき出しの歯、目は潰れ、顔じゅうが赤く腫れてる。
どうしても直視できません。
戦争博物館にはそんなベトナム人の写真が大量に飾ってありました。
枯れ葉剤の被害を受けた奇形児です。
正直グロテスクです。
枯れ葉剤被害の写真の中で一番印象的だったのがこちら。
生まれてきた赤ちゃんが奇形児だったことにショックを隠せない様子のお母さん。
奇形に関してみんなは綺麗事を言うけれど、
結局、これがリアルだと思いました。
奇形児が生まれるのは嫌なんだと。
戦争は嫌なことしか生まない。
ベトナム戦争ではアメリカ兵士も5万人以上が死亡したそうです。
嫌なことばっかり。
戦争は嫌なことしか生まない。
死ぬのは嫌だ
身近な人が死ぬのも嫌だ
奇形児が生まれるのも嫌だ
痛いのは嫌だ
殺すのも嫌だ
拷問は嫌だ
泥の中で寝るのは嫌だ
やけどは嫌だ
そもそも誰もこんなの嫌なはずなのに
単純な嫌だ。がいつの間にか当たり前にできてしまうようでした。
銃の展示場では銃声が鳴り響く。
こんな音が近くでしたら、怖すぎる。
その音一つ一つで人が殺されてる。何もしてないのに、一瞬で奪われる。
どうしようもない無力感
出口?の脇で枯れ葉剤の影響を受けた人たちが楽器を演奏しているんですが、
結局直視できずに帰ってしてしまいました。
自分は奇形じゃなけれど、
別に何かその人たちよりいいことをしたからとか、
そんなのは全くない。
本来「普通」 に生まれてくるはずだったのに、
腕がない
目が潰れている
口が裂けている
などの障害を患い、ここで演奏してお金を募らなければ生きていけないことが可哀想で仕方なくて、結局直視できなかった。
博物館に行ったところで何も変わる訳じゃないけれど、
平和ってなんて尊いのだろうとひしと感じました。
戦争証跡博物館、行くべきです。
読んでいただきありがとうございました。